その発表の場が「営業会議」になるわけだ。勿論数字の達成状況の確認はあるが、時間数では総計20分に過ぎない。後は担当者リストから毎回5名、発表15分でプロジェクターを使い説明する仕掛けだ。2~3ヶ月毎に外部講師を招聘するので、当社の社員の発表は3ヶ月に一回は最低回ってくることになる。
それに緊急を要する発表事例もあるので、営業社員21名の割にはかなりの頻度で発表することになる。時間も質疑応答も入るので合計3時間にもなる。先月は「常習滞納者にたいする支払い督促の問題点と対策」「生活保護世帯に対する入居対策」「入居者が死亡した場合の相続人と連帯保証人への対応」「入居審査における失敗」などだった。
哲学者 フランシス・ベーコンの「読書は充実した人間を作り、会話は機転の聞く人間を作り、書く事は正確な人間を作る」との諺にもある。今風で言えばインプットとアウトプットが必要になる。それも衆人の批判や論評に耐えなければならない。会社における全ての事は、何らかの意味をもっている。
しかし、誰かがその意味を解説してくれるわけでもないし、そこに意味が隠されていることすら教えてはくれない。君自身が自分で気付かなければならないのだ。そこにこそ、社員として行動する上での基準や規範となることが含まれているのだ。敢えて言えば、これらの「言われない事」をどれだけ多くキャッチし、理解し、行動に移せるかが、会社におけるコミュニケーション能力の一つなのであり、ビジネス上、必要不可欠な事なのだ。大体営業成績が上がらない社員はどこでも「言われたことだけ」しか出来ないし周りも見えない。
「とり立てて失敗をしているわけでもないし、指示された仕事はキチンと遣ってある」
そこが君の最大の問題点なのだ。君の遣るべき事、知っていなければ成らない事は「言われたこと」だけではない。会社は幼稚園や小学校ではない。1から10までいちいち教え、指示してくれるところではないのだ。君自身が自分で気付かなければならないのだ。顧客や上司のドンナ小さなことでも注意して見聞きし興味をもち、その意味を推し計らうとすれば様々な事が判ってくるはずだ。以前は当社の営業会議も「数字の発表と対策」に終始していた。社長からの一方通行の指示だけで「会議」にはなっていなかった。私が失敗に怒鳴り、成果は当然とばかりの雰囲気だった。それが数年前、ある社員が「社長、会議はモット楽しく、身のあるものに出来ませんか?」「社長がいくら怒鳴っても会議が終われば全員忘れていますよ」といわれた。其の時は「何をとぼけたことを言っているんだ」と意にも留めなかったが、後日冷静に考えると、「みんなが忙しい貴重な時間をつぶして参加しているのに、出て良かったといえる会議」のようにするべきだと考えが変わった。それには、ドウするかと考えた挙句、「失敗、成功事例、お役立ち情報」が最適だと思うようになった。当初は発表する方も「体裁や格好」で内容もイマイチだったが、回数を重ねるごとに充実してきた。失敗事例は「恥ずかしいことではなく再発防止に繋がる」成功事例は「成果を全員で共有する」意識が芽生えてきた。こうなると会議も固苦しいものではなく、笑い声がでたり、サゼッションが入ったりして雰囲気もリラックスしてきた。部下とは上司に対して常に自己正当化を図る存在である。だから「教育とは答えを教えることではなく、部下に気づきを与えること」という命題が、ここに生かされていると思う。
江戸中期の名君、教育者と言われた熊本藩主 細川重賢(ほそかわ しげかた)の「人作りは木作りだと思え」一本一本、木に応じた育て方をする事の意味が、初めて理解できたようだ。これからも「間引きする必要のない集団作り」が私の課題だ。
社長:三戸部啓之
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2008年12月12日
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